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分配と成長の好循環? 民間支出の増加なくして経済の成長なし



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岸田文雄首相は「成長は引き続き、極めて重要な政策テーマです。しかし、成長だけでその果実がしっかりと分配されなければ、消費や需要は盛り上がらず、次の成長も望めません。分配なくして次の成長はなしです。私は成長と分配の好循環を実現し、国民が豊かに生活できる経済を作り上げていきます。」として、新しい資本主義の実現を主張している。小泉政権以降の「成長なくして分配なし」からの転換です。こういう主張に対して、分配に必要な「果実」をどうやって生み出すのかなどと疑問の声が上がっている。


この議論は、少しおかしい。近代経済学には「三面等価の原則」というものがある。1つ足りない。三面等価の原則は、「生産・分配・支出」から成立している。成長とは生産を意味しているでしょう。自由民主党や立憲民主党の主張には「支出」という考え方が足りない。近代経済学の視点で見ると「成長、分配、支出の好循環」と表現する必要がある。
私が右派自由主義の立場でスローガン作るとすれば、自由民主党や立憲民主党のような言い方はしない。「民間支出の増加なくして経済の成長なし、経済の成長なくして分配はない」と主張する。三面等価の原則のうち「支出」に軸足を置く。需要がなければ企業は生産活動ができない。国内の単独決算で企業収益が赤字だと、労働組合ですら分配を要求するのに無理がある。需要に相当するのが「支出」です。


海外市場に依存すれば、企業収益は海外での需要動向に振り回される。企業経営として海外市場を狙うのは自由です。私が言いたいのは、海外市場に依存するような経済政策では国内では国内の景気をコントロールできないということである。都市国家であれば海外に依存していても良いが、日本のような人口の多い国ではかなりの無理がある。純輸出が日本のGDPに与える影響は、わずか数パーセントです。90%以上は国内市場です。


「支出」の中で、国内市場は3つに分かれる。家計消費、設備投資、政府支出である。日本経済の問題点は、民間支出が中心の経済構造になっていないこと。小泉政権以降の相次ぐ増税と社会保険料の増加で、国民の実質可処分所得は減少する一方である。所得が減少すれば消費も貯蓄も増えない。国民の実質可処分所得の減少で、個人消費が低迷し企業の国内売上が減少する。企業の国内での売上が減少するから、日本企業は国内で設備投資をしても採算が取れない。日本企業は国内への投資を減らし海外投資を積極的に行っているのが現状である。これでは、連結決算大黒字でも、国内単独決算は赤字または損益ゼロという事態になる。国内単独決算で利益が出ていなければ、国内の労働者に対する賃上げも低迷する。


政府支出が増えても、政府は粗利益を生産しない。粗利益が増えなければGDPは増えない。政府支出でうるおうのは、市場で生き残れず、政府の公共事業に依存している会社とその関係者です。公共事業が削減されると経営危機になるような会社です。日本政府の累積債務を考えれば、公共事業の削減はあり得ない話ではない。これは「財政支出の大きな政府」の弊害であって、租税負担の小さな政府の弊害ではない。


日本の国内負担は44.4%(2019年度)となっている。でも、隠れた負担がある。社会保険料は労使折半なので、会社側が負担した社会保険料は国民負担率に含まれていない。実際には、企業が支払った人件費のうち半分以上が公的負担になる。労働者が受け取るはずのお金の半分以上を、政治家や役人が使い道を決めている。手取りの給料が少ない原因は、給料が低いというよりは、国の重税に苦しめられているのが実態である。
支出構造として、政府支出ではなく民間消費が主導する経済に転換しなければならない。そうすれば、企業の生産活動も公共事業向けの財とサービス提供から民間消費向けの財とサービスの提供に転換せざるを得ない。国内での民間消費が回復すると、国内市場での個人消費向けの売上が増加し国内投資をしても採算が取れる。国内市場の売上が低迷しているのに国内投資をしろ!と行っても無理な話です。


現在の日本は「コロナ不況」の状態にある。分配を増やせ!なんて要求しても無駄です。大山鳴動して鼠一匹に終わる。家計消費増加が可能なように減税または現金給付が妥当な選択肢のように思える。減税もしくは現金給付であれば、お金の使い方は消費者が決める。政治家や役人がお金の使い方を決めるわけではない。消費者自身がお金の使い方を決定することで、消費者に支持されない商品やサービスは売れ行きが低迷して市場で淘汰される。企業は政府の方ではなく、お客様である消費者の方を向いて商売するのが本来あるべき姿である。

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